こんにちは。看護師のけいです。
私は現在は看護師ですが、複数回の転職をしており、30代で看護学校を受験しました。
本日は、看護師になる前までのことを、記事にしていこうと思います。
行政職の公務員になりたかったが、警察官しか合格できず
私は地元の大学を卒業後、地元の県警に就職しました。
なぜ警察官なのかといいますと、公務員になりたかったんですw
別に小さい頃から警察官に憧れてとかいうわけではないんです。
私は中学高校時代に地域の空手道場に通っており、そこの空手道場で、自分の5~10歳くらい年上の先輩方から、「不況で就職・転職が全然できない」という話を聞かされておりました。
その先輩方は世代的には就職氷河期世代といわれる世代の方々ですね。
そのときに「公務員は安泰」だということをよく言われていました。
そのため、高校生時代には、将来は安定している公務員になりたい!!と思うようになりました。
大学4年生時には、受験できる公務員試験は全部受験しました。県庁、国家公務員、市役所、警察官。
民間企業もいくつも就職活動しました。
で、公務員試験が実際のところどうだったかというと、1次試験で落ちるところもあれば、最終面接で落ちてしまうところもあり、公務員試験は警察官しか内定がもらえませんでした。
そのため、警察官になることに決めました。
わたしとしては、第一志望の市役所の行政職(事務職)になりたかったのですが、就活浪人はどうしても避けたかったので、警察官になりました。
警察官を拝命後、警察学校で研修をうけ、警察署の地域課に配属されました。
地域課では交番、パトカーの勤務を経験しました。人間関係に恵まれて平和に仕事ができましたw 今でも当時の同僚の皆さまには感謝でいっぱいです!!
その後、機動隊に異動になり、東日本大震災の災害派遣にも従事しました。被災したご遺体の捜索、発見を行ったときのことは今でもはっきりと覚えています。
人生で一番大変だった期間、公務員試験浪人
自分を無理やりに納得させ警察官として働いていましたが、やはりどうしても納得できず、職場にだまってこっそり公務員試験の申込をし、受験していました。
在職しながらだったので、受験勉強も満足にできなかったり、休みを試験日に調整できなかったりと、在職しながらの公務員試験合格は無理だと感じました。
そのため、警察官を退職し、公務員試験浪人生となりました。
警察官を辞めることについての葛藤はもちろんありましたけど、このまま警察官を続けていたくはないと思い、退職を決意しました。
公務員試験浪人生となり、日中は工場でアルバイトしながら受験勉強をしておりました。
浪人生活は約2年間ほどでしたが、私の人生の中で最も大変な2年間でしたね。
何が大変かって、本当に合格できるのかという不安な気持ち。
ほかの20代の人が仕事の挑戦や成功、結婚などで人生の岐路を迎えているのに、自分は何をやっているんだろうという葛藤。
浪人生活は精神衛生上、非常によくないなと思いますw
社会人復帰して介護福祉士に
公務員試験浪人生活は2年ほど続きましたが、結局内定をもらうことはできませんでした。
さすがに限界を感じたので、公務員試験に見切りをつけることにしました。
で、
仕事をどうしようかと考えたときに、看護師になりたいと思いました。
理由は、看護師は資格職だから食っていくのに困らないだろうと考えたからです。
小学生の頃に海外のドキュメンタリー番組をみて看護師かっこいい!!という気持ちもありました。小学生当時は、親に反対されてあっさりあきらめましたけどね(笑)
しかし、2年間の公務員試験浪人をしており経済的にも精神的にも疲弊していたので、看護学校を受験し、3年間看護学生としてすごすということはとても考えられませんでした。
そのため、就職しようと思い、看護師に近い職業である介護職員になろうと思いました。
今思えばこの時点で准看護学校を受験して、働きながら勉強しても良かったかなとも思います。しかし、この当時は准看護学校というものを知りませんでした。
介護職員として特別養護老人ホームに就職し、約3年ほど就労しました。介護福祉士も取得しました。
1年ほどでしたがユニットリーダーという役職も経験することができました。部下が7人ほどいました。
役職を経験できたのはとてもいい人生勉強になりました。人を指導、管理するということはどういうことなのかをちょろっとでも経験できてよかったです。
大変でしたけど(笑)
転職複数回、30代で看護学校へ
さんざん寄り道人生でしたが(笑)、看護師を最後の仕事にしよう!!と決意し、看護学校を受験しました。
しかし、看護学校受験はかんたんなものではありませんでした。
現役の高校生からすれば、看護学校受験はそんなに難しいものではないと思います。
ちゃんと勉強していれば、どこかしらの看護学校に合格できると思います。
しかし、転職者にとって看護学校受験はとてもハードルが高いもので、社会人入試は倍率20~30倍という話もザラみたいです。
看護学校受験対策として東京アカデミーにお世話になり、講師の方にも「転職者の看護学校受験はかなり厳しいよ」と言われました。
社会人入試は倍率が高すぎて現実的ではないと思ったので、一般入試で受験しました。現役の高校生と同じく、国語・数学・英語を勉強し、受験しました。
実際のところ、受験資格がある看護学校はすべて受験しました。全部で4校受験しました。
しかし、合格できたのは1校だけでしたね。
私の母校の看護学校には、私をよく拾ってくれたと、今でも大変感謝しております。危なかったな~~(笑)
看護学校生活は大変であるとよく言われていますが、転職者にとっては、看護学校受験が一番の壁であったと思います。
社会人で看護学校受験をした方が同じ看護学校内にもいて、みなさん同じように言っていたので、間違いないと思います。
看護学校生活はそんなに大変ではなかったです。社会人として仕事している方がよほど大変ですからね。
社会人生活を経験している身なので、そりゃそうだろって話ですね。
勉強の成績はたいしてよくありませんでした(笑)
看護学校て勉強、提出物、実習といろいろありますが、とにかく量があったので、高得点を目指すことなく、落ちないことを目標に勉強していました。
広く70点主義みたいな感じですね。
まんべんなく、そこそこにやっておくことをテーマに看護学校生活をおくっていました。
30代になると、覚えも悪いし、忘れるのも早い。深夜遅くまでの勉強も翌日に身体にガタがくる(笑)
そのため、現役生の方々と同じようなことはできないなと思い、70点主義戦略をとりました(笑)
看護学校の成績は中の下、看護師国家試験の成績は中の中といった具合でした。
看護学校教員やクラスメートのみなさまには今でも感謝しています。
私が看護学校を無事に卒業できたのも、みんなのおかげだなと、卒後3年経過した今振り返っても、そう思います。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次回は看護師としての勤務経験について記事にしたいと思います。